新潟家庭裁判所 昭和39年(家)2398号 審判 1966年5月02日
申立人 海野タカ(仮名)
相手方 海野藤吉(仮名)
主文
相手方は申立人に対し婚姻費用の分担として
(一) 昭和四一年七月三一日限り金三五万〇、〇〇〇円を
(二) 昭和四一年五月以後、当事者の別居期間中、毎月二五日限り金一万七、四九〇円づつを
それぞれ新潟家庭裁判所に寄託して支払え。
本件手続費用は各自の負担とする。
理由
第一申立の趣旨
本件申立の趣旨は、「相手方は申立人ら妻子に対し婚姻費用の分担として相当な生活費を支払え」というにある。
第二本件手続の経過
本件は、当初、審判事件として昭和三九年(以下、年号を省略する)七月二三日当裁判所に申立てられて係属し、当裁判所は、申立の趣旨を家庭裁判所調査官をして同年八月七日相手方に面前告知させたあげく、同年九月九日審判手続を中止し、同事件を調停に付してその手続を進めたが四〇年四月一〇日調停不成立により、本件は当初の手続に復して、審判事件として係属している。
第三当裁判所の判断
本件記録ならびに取寄せに係る新潟地方裁判所昭和三八年(タ)第一四号離婚事件記録および東京高等裁判所昭和三九年(ネ)第一六一五号離婚控訴事件記録を総合してみると、次のことが認められる。
一、当事者の婚姻から別居に至るまでの事情および現状
(一) 当事者は昭和一六年一二月一二日婚姻し、申立人の肩書住所地たる新潟市内で同居中に、別表の一の左欄に掲げるとおり、順次に、長女裕子、長男博光、次女夏子、三女君子の四子(以下、四子と略称する)を儲け、三四年ころまでの夫婦仲は、概ね平穏であった。
(二) ところが、相手方は、胸部疾患により三三年三月ころから三五年三月ころまで新潟療養所に入院治療したが、同じく患者であった沢田テルと三四年三月ころより懇意により退院後も親交を続け、遂に三五年夏ころ同女と情交関係を結ぶに至り、このことが間もなく申立人に知られて以来、申立人との夫婦仲が冷却し、深刻な紛争を頻発する端緒となった。
(三) 相手方は、入院中家計を申立人に殆んど任したが、退院後の三六年ころまでの間の消費生活面で申立人の支出に放漫な点があるとし、申立人に対し不満を募らせるようになった。
(四) 前示の(二)と(三)から始った当事者間の対立感情も互に影響して激しくなるうち、(イ)相手方が申立人に暴行を加え日本刀を振廻わすなどして申立人や子に脅威を感ぜしめさせたり、(ロ)長男が相手方に暴行を加えるのを申立人が差止めなかったということなどがあって、夫婦間の溝は深まるばかりであった。
(五) 三八年一月一六日申立人は夫(本件相手方)を事件本人として準禁治産宣告の申立をしたが、これは翌月二八日取下げた。
(六) 三八年一月申立人は相手方との離婚の調停を申立てたが、これは同年五月一五日取下げた。
(七) そこで、相手方は、前記(三)ないし(五)のうち申立人の行為が婚姻を継続し難い重大な事由に当るものとして、三八年六月一〇日新潟地方裁判所に離婚の訴を提起したところ、三九年六月八日同裁判所は相手方(原告)の請求を棄却する旨の判決を言渡したので、相手方は同月二五日控訴したが、遂に四〇年七月二日控訴を取下げた。
(八) 〔申立人らと相手方の世帯別生計の分立〕
相手方と申立人および四子とは、三八年四月頃食事を別にし始めてから、相手方が、外食も度々するうち生計上の世帯を別にするようになり、新潟地震後の三九年七月ころには、すでに申立人らとは別居、別世帯の状態にあったと認められる。
(九) 〔相手方の別居先・生計の状況〕
相手方は当時無職で地代等の収入を生計費にあてていたが、三八年一一月頃から○○商工会議に就職して現在に至っており、三九年八月以降の収入関係については後に説示する別表三に所掲のとおりである。
なお、相手方は、住居を黙秘し新潟市○○町○○番地の五服部ヤス方(姉方)を連絡先としているところ、同市○○○八七三番地山本高吉方において間代毎月五、五〇〇円で間借りをし、自己の親族でない前示(二)の沢田テルとともに同棲中である事実が四〇年一二月判明したので、当裁判所は、相手方が三九年八月以前から別居先で前記間代相当額の出費をしているものと認めるを相当とする。
(この出費に関しては、なお別表三のE欄および備考六等参照)
(一〇) 〔申立人側世帯の生計の状況〕
申立人は、相手方が別居していった後も、従来の肩書住所に四子(うち長男は○○大学に入学後大部分は在京)同居するが、成人たる長女を除く三子(四一年三月七日長男の成人後は次女三女の二子)を事実上単独で監護するほかはなかったので、当初は無収入の三子を抱えた世帯(以下申立人側世帯という)の生計に相当多額を要したのに、申立人と子には見るべき資産がなく、相手方からの生計費の交付(婚姻費用の分担)も漸減し、三八年九月の六、〇〇〇円が最後であった。
(但し、本件申立後に申立人は相手方の簡易保険金と地震見舞金を受領しているが、それについては後記二の(七)のイにおいて検討調整する)
このような次第で、申立人は、世帯構成員の収入全額(三九年八月以降の申立人側世帯構成員の就職等の状況および収入については後に説明する別表一および三参照)をもってしても、世帯構成員の最低生活費(後に説明する別表四のF欄参照)すら到底賄いきれないので、不足分を親族などからの調達金で取敢えず補ってきているところ、それは実質上申立人の負債となっているものと認められる。
二、相手方が本件婚姻費用を分担すべき場合の限度および分担額
(一) 〔分担上の原則〕
およそ夫婦は、資産収入その他一切の事情を考慮して婚姻から生ずる費用を分担すべき義務があるところ、独立の生計を維持しえない未成熟子に対しては、同居または事実上監護をしていると否とに拘らず、親子関係の本質に鑑み、子に自己と同程度の生活をさせるべき「生活保持の義務」を負うもので、その養育に要する費用は、婚姻費用に含むものと解されているが、子の有無に拘らず、夫婦自身も互いに同程度の生活を保持できるようにする義務を負うのが立前であることは多言を要しない。ただし生活保護法に基き各人に少くとも最低生活水準を確保させようとする公的扶助の制度の下においては、前示の義務の額は、これを負わされた場合の義務者が、その最低生活費相当を下廻る生活に陥るほどまでに負担させてはならないものと考える。
(二) 〔生活程度の判定方法〕
次に、人々の生活程度の同等または高低ということは、精密に判定することは容易でないところ、財団法人労働科学研究所(以下、労研という)が厚生省の委託により実施した実熊調査に基いて年齡・性別・作業度・就学程度・家計上の地位等を勘案して算定した各人(各世帯もこれに準ずる)の消費単位によってその通常生活費引当額を割って商を求め、その商の同一または多少ということに従って判定するような方法(以下、労研方式という)が実務上妥当であると認められる。(東京高等裁判所昭和三八年一月一六日決定等参照)(つまり、その商が同数になるような場合の各人については、生活程度が同等であるといえるから、そのような場合の各人の生活費を同等生活費と称することとする。別表四の備考三参照)
そこで当裁判所は、この労研方式を合理的と考えるので、先ず同方式により次項ないし(六)項において本件当事者関係について審按する。
(三) 申立人側世帯と相手方世帯の各人別・世帯別・時期別の消費単位(別表一)
当事者は互いに別居して別世帯を構え、当事者間の未成熟子などは申立人とともに同居して生計を一にし、従って相手方は単独世帯者(この審判、従って別表において、世帯構成員が誰であるか又は何名であるかを計数上の根拠にする場合は、非親族は先づ除外すべきものであるから、相手方世帯といっても、相手方は、現実に同居扶養中の親族がない意味において、単独世帯者といえる)であるところ、標記の消費単位は、別表一に掲げる根拠により同表中各当該欄に示すとおりである。
なお、同表中、A欄に掲げる理由により、長女については四〇年一二月以降、長男については四一年三月七日以降における本件婚姻費用の分担額の算定に関する限り、同人らを除外して考えるを相当とする。(その趣旨において同人らの当該欄の消費単位を零とした)
(四) 新潟市における当事者世帯の消費単位別・時期別各月の最低生活費(別表二)
標記の最低生活費は、別表二に掲げる根拠により同表中各当該欄に示すとおりである。
なお、当事者および長女・次女・三女は新潟市に居住しているが、長男博光については、別表一のA欄に掲げた理由(なお相手方は離婚訴訟では長男の親権者となることを求めたこともある)により三九年八月から四一年三月六日(この日の満了をもって成年に達する)までの間は消費単位を一〇五と認めるを相当とし、かつ、その間は引続き新潟市で申立人側世帯に属して生活したものと見るを相当とする。
(五) 当事者の世帯別・時期別収入のうち通常生活費引当可能月額(別表三)
標記の月額は、別表三に掲げる根拠により、申立人側世帯については同表中乙欄に、相手方については同表中丁欄に表示したとおりである。
なお、相手方は、地代収入毎月八、〇〇〇円をあげる土地など相当多額の資産を有するところ、本件では、婚姻費用の分担額を具体的に算定するに当り、同人の資産をも直ちにその算定の基礎にするほどの必要を認めないので、資産内容についてはここに詳記しないが、相手方において分担額、とくに過去の婚姻費用に係るもの(後記(七)のイの分担額)を調達すべき場合等には、勿論、前示の資産を有することも考慮されて然るべきものである。
(六) 当事者の世帯別の収入と消費単位相応の生活費との過不足状況等(別表四)
当事者の生計単位(世帯)の別の通常生活費引当可能月額(別表三の乙欄・丁欄に掲げる額)と同等生活費又は最低生活費との過不足の状況を対照的に表示すると別表四に掲げる根拠により、各当該欄に示すとおりであって、申立人が、自己や次女の収入のほか、当時すでに未成熟子でなかった長女につき別表一ないし三に基き換算すると同女の当該時期別消費単位による最低生活費三九年八月分ないし四〇年一一月分の総額をさす)を超えていた当時の収入を見込んでも、常に、申立人側の世帯生計における総合消費単位に相当する最低生活費を賄うことすらできないものであったことは、別表四中D・Fの当該欄の月額を対照して明らかであり、これに対し、相手方は、同表中H欄に掲げる額を下廻らない額を現実の生活費に充てているものと認められるところ、その額は、当該月別最低生活費(J)を常に上廻っており、従って、前示(一)の原則に従い相当額を本件婚姻費用分担として申立人に支払う義務があることは、H欄とJ欄の当該月額を対照して明らかである。
そこで、その分担すべき相当額に関し目安となるものは、同表に掲げる根拠によりK欄に掲げる額がそれである。すなわち、Kの当該欄に掲げる各月額のうちH-Iの算式によっている金額を当該月間における婚姻費用分担額として相手方が申立人(申立人側世帯)に対して支払うときは、両世帯の生活程度を同等にすることも、相手方がそれを支払後の残額に当る当該同等生活費(I欄の当該月額)が相手方の最低生活費(J欄の当該月額)を下廻らないことも、それぞれ可能であると認められる。
なお同表中、相手方の同等生活費が、最低生活費を下廻ることがあるが、その場合(I∧Jの場合)には、相手方に少くとも最低生活費を留保させることを相当とする(前記(一)の但書)ので、その場合の相手方の分担可能額(同表中K欄の当該月額)は、これをH-Jの算式による金額とすることを相当とする。(よって当該K欄にはその算式H-Jによる月額を掲げてある。)
(七) 分担額の認定とその支払方法
そこで、当裁判所は、叙上の理由および前掲各表に掲げる根拠に基いて勘案してみると、本件の分担額は、これを別表四のK欄に掲げる当該月額と同額とし、一応その各月額を、相手方において、申立人に対して支払うべき義務があるものと認めるところ、次に、場合を分けてその分担額中支払うべき金額を認定する。
(イ) 履行期の到来した分担額
K欄に各掲げる月額のうち、本件において相手方につき具体的義務発生の始期と認めるべき三九年八月七日以降の同月分から四一年四月分までの合計額は、金四一万一、九五〇円(以下、甲額という)となり、甲額は前示期間中の婚姻費用についての分担すべき額として認められるところ、申立人は、別表三に掲げる収入のほか、前示期間中に臨時収入五万四、五〇〇円(相手方に代って三九年一二月ころ受領した新潟地震見舞金二万九、五〇〇円と四〇年一〇月ころ受領した満期の簡易生命保険金等二万五、〇〇〇円との計)を得て申立人側世帯の生計費に充てたが、この臨時収入額は、前示の甲額の一部として相手方から申立人に支払はれたものとみなすを相当と考えるので、これを差引くと金三五万七、四五〇円(四一万一、九五〇-五万四、五〇〇)となるが当裁判所は、一切の事情を考慮して、前示期間中の婚姻費用に関する限り分担額として相手方の支払うべき総額は、これを金三五万円とする。
(ロ) 四一年五月一日以降各月の婚姻費用についての分担額
この分担額は、K欄の最下欄に掲げる月額と同額とし、毎月金一万七、四九〇円を相手方の支払うべき額とする。
ところで、上記(イ)・(ロ)の各認定金額の支払方法としては、(イ)の総額については既に履行期が到来しているところ全額一時払という履行上の便宜も考えて四一年七月末日限り、(ロ)の月額については将来諸般の事情により変更も予想されるので支払の最終月を限定せずに当分の間四一年五月以後毎月二五日限り、それぞれ新潟家庭裁判所に寄託する方法によって支払うことが相当である。
よって、本件申立は叙上の限度において相当であるので認容すべきものとし、主文のとおり審判する。
(家事審判官 新川吹雄)
別表1 当事者らの消費単位表(名人別、世帯別、時期別)<省略>
別表2 新潟市における当事者世帯の消費単位別・時期別各月の最低生活費<省略>
別表3 当事者の世帯別・時期別の収入のうち通常生活費引当可能月額<省略>
別表4 当事者の世帯別の収入と消費単位相応の生活費との過不足状況対照表<省略>